読みもの

旨い記憶

秋山みやび「旨い記憶」第1回

2016年07月04日

うっすらと雪が残る山には、蕗のとうがあちこちで芽を出していました。鮮やかな黄緑色は車で走っていても次々と目に入ってくるので、ついつい車を停めては摘んでしまいます。そんな道草をしながら、京北の山から綾部の山に引越しました。越した先の家は丘の上にある、こじんまりとした平屋の一軒屋。集落を見下ろせ、夕日が山と山の間に沈むのが見える気持ちの良い場所です。
春は家の周りで野草を摘みます。蕗のとう、セリ、ツクシ、ノビル、タンポポ、カラスノエンドウ、ノカンゾウ、ワラビ、筍などなど、初夏まで楽しめます。私はみんなが待ってましたと芽を出すこの時期が、愛おしく大好きです。
彼は罠猟をしており、鹿や猪は貴重なお肉として頂きます。獲物が罠にかかった日は予定が急変。獣の解体、精肉には時間がかかります。
そんな風に、少しずつの手間の積み重ねで手に入る食材は、本当に有り難いものです。そしてそのいのちは、びっくりするほど旨くて楽しいごはんになるのです。この‘旨い’が日々の糧であり、喜びであり、暮らしそのものだと、改めて思う、引越した先での春でした。
夏、近所の方に借りた土地を畑として開墾し始め、鹿の被害に遭いながらも柵を立て、ようやく元気に育ち始めました。梅雨も明け、蝉がわんわん鳴きだしてじっとしてても汗ばむくらいになると、ようやくトマトは赤くなり、果菜類も実をつけます。糠漬けや冷汁がおいしい毎日です。
この頃に茄子が採れると食べたくなるのが“茄子素麺”
いりこ出汁に少しの味醂と醤油で薄味に整え、切り目を入れた茄子を入れて煮ます。火が通ったら、素麺を乾麺のまま入れ、少し煮立てて火を止め、冷まします。茄子と素麺の煮物です。出汁を吸ったくたくたの素麺と茄子が良い相性。冷蔵庫で冷やし、好みで青紫蘇やネギ、ミョウガ、胡麻油、生姜汁などの薬味を加えると一段と夏にぴったりの一品です。ポイントは乾麺を入れることで、その塩気が加わることと、出汁の水分を吸うこと。茄子を煮るときの出汁の水分は多めに、味は少し薄いと感じる程度にしておきます。
茄子素麺は私が生まれ育った讃岐の郷土料理でもあり、実家の丸亀でおばあちゃんが夏の間は必ず作っていた一品です。おばあちゃんのは砂糖が効いて甘い味でした。
家で食べる野菜はおじいちゃんが畑で作っており、旬の野菜は余るほどでした。それをおばあちゃんが毎日料理します。おじいちゃんもおばあちゃんもこの時期にはこれ、という決まったものを淡々と作り続けながら、その季節を毎度、目いっぱい味わっていました。夏は得に茄子をたくさん作っていて、焼き茄子は夏の間中、茄子の辛子漬けは冬がきても食べ続けるほど作っていました。冷蔵庫にはマクワ瓜がいつも冷えていて、私は冷蔵庫を開ける度につまんでは食べていました。その目いっぱいの味が今も私には残っていて、季節が変わると、思い出しては食べたくなり、作るのです。
小さい頃、何でもない当たり前だった旨さの記憶は、今の私にとって大いに活きています。おばあちゃんの日々の暮らし、味の思い出は、その旨さを私に教えてくれ、残してくれたんだなぁと、今ようやく思います。そんな味わいを私もお腹の赤ん坊やそのまた子どもにも残せるのかなぁと、茄子素麺を食べながら思っています。

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